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名古屋地方裁判所 昭和43年(行ウ)36号 判決

原告 医療法人一草会

右代表者理事 山口智恵子

右訴訟代理人弁護士 佐治良三

同 加藤保三

同 服部豊

同 水野正信

右訴訟復代理人弁護士 楠田堯爾

同 山田靖典

被告 愛知県地方労働委員会

右代表者会長 中浜虎一

右指定代理人 水谷省三

〈ほか四名〉

被告補助参加人 総評全国一般労働組合

愛知地方本部

右代表者執行委員長 渡辺勇夫

右訴訟代理人弁護士 原山恵子

同 安藤巌

右訴訟復代理人弁護士 原山剛三

主文

被告が、被告補助参加人総評全国一般労働組合愛知地方本部と原告との間における愛労委昭和四一年(不)第七号不当労働行為救済申立事件につき昭和四三年六月一七日なした別添命令書記載命令主文第一項の命令を取消す。

訴訟費用のうち原告と被告との間に生じた分は被告の、原告と被告補助参加人との間に生じた分は被告補助参加人の負担とする。

事実

第一、双方の申立

一、原告

主文第一項と同旨。

訴訟費用は被告の負担とする。

二、被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二、請求の原因

一、被告は、被告補助参加人(以下「参加人」という。)を申立人、原告を被申立人とする愛労委昭和四一年(不)第七号不当労働行為救済申立事件(以下「原事件」という。)について昭和四三年六月一七日別添命令書記載のとおりの主文を有する救済命令を発し、右命令は翌一八日原告に到達した。

二、右命令の理由は別添命令書記載のとおりであって、要するに、原告病院が、昭和四一年春季賃上げ、および夏季一時金について、第一組合員(参加人傘下の半田合同支部を「支部組合」といい同支部組合第八班を「第一組合」という。)に対してなした考課配分が、第一組合員であることを理由としてなされた不当労働行為にあたるものと認めたものである。

更に右不当労働行為により第一組合員が受けた不利益は、原告病院にその差額の支払いを命ずることによって回復されなければならず、救済内容の差額支払いを命ずる基準額は、春季賃上げについては、第一組合との妥結平均額、夏季一時金については、企業内労働組合である一の草病院労働組合(以下「第二組合」という。)との妥結平均額をもって妥当と判断する、としている。

三、しかしながら、本件各考課配分は不当労働行為にあたらないことが明らかであるのみならず、仮に不当労働行為にあたるものであって、第一組合員が第一組合員であることを理由に、右各人事考課の査定において、下位に査定されたと仮定した場合でも、被告が「救済内容の差額支払いを命ずる基準額」を決めることはできないものといわなければならない。即ち、被告は、右命令において、第一組合員の各考課配分を妥結平均額をもって妥当としているが、労働委員会がこのような場合には公平な考課配分額を決定できる、との法律上の明文規定がない限り、被告は、本件各考課配分を不当労働行為と認定した場合でも、不当労働行為を理由として、本件各考課配分、考課査定の撤回を命ずる救済命令を出すことにとどめるべきであって、本件命令のように、「これだけの金額を支給すべし」といった具体的命令を出すことが不可能であるといわなければならない。

従って、被告の本件命令は、労働委員会としての権限を著しく逸脱してなされたものであって、失当である。

以上に明らかなように、原告病院の昭和四一年春季賃上げ、夏季一時金の考課配分は、適当妥当であって、これを不当労働行為にあたるとした被告の認定は、失当であり、加えて、救済命令の内容についても、権限逸脱の違法があるから、被告のなした本件救済命令は取消されなければならない。

≪以下事実省略≫

理由

一、被告は、原事件において主張・立証されなかった事項については、本訴において採用し得ないものと主張するが、使用者が労組法二七条六項の規定に基づき地方労働委員会の命令に対して訴訟を提起した場合には、裁判所は右命令について手続上のかしの有無はもとより事実認定、または、法令の解釈適用等の当否を審査するものであって、この場合の認定は、地方労働委員会のなした事実認定に拘束されることなく、独自の権限に基づいてこれをなし得るものと解すべきである。従って、裁判所は、一般の行政処分の適否を判断する場合と同様に、地方労働委員会の審査の過程で提出されなかった訴訟当事者の新らたな主張と証拠の提出をも許容すべきであり、これに基づいて命令の当否を判断し得ると解するのが相当である。従ってこの点についての被告の主張は理由がない。

二、被告が、原告主張の原事件において、昭和四三年六月一七日別添命令書記載のとおりの救済命令を発したこと、右命令の理由が原告主張のとおりであること、別添命令書理由第一、一、記載の事実中原事件申立当時における本部組合の組合員数、原告病院の従業員数、定床数を除くその余の事実はいずれも当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、右命令書は翌一八日頃に原告に送達されたことが認められる。

原告は、本件命令は、原告病院が、昭和四一年春季賃上げ、および、夏季一時金について、第一組合員に対してなした考課配分が、第一組合員であることを理由としてなされた不当労働行為であると認めた点において、事実の認定ならびに判断を誤ってなされた違法があると主張するので、以下この点について判断する。

三、原告病院における考課査定制度、および、本件各考課配分の内容

(一)(1)  原告病院は、昭和三七年四月に賃上げ、および、一時金の算定に考課査定制度を採り入れた。その査定方法は、医局の医師、所属長、および、看護長の意見を聴取して、管理部長が第一次査定を行ない、それに基づいて院長がその立場から第二次査定を行ない、これを最終案として理事会に提出し、理事会の決定を経て、最終的に確定するものである。査定の項目は全部で一〇項目あって、各項目ごとに一点から一〇点の範囲内で各評定者が査定を行ない、その考課査定率はその都度組合との協定により定められ、また査定の前提となる原資や対象については、従来から組合別・組合単位としてではなく、全従業員を対象としてなされてきた。

(2)  原告病院と支部組合との間において右考課配分の取り扱いについては、昭和三八年五月二八日に妥結調印された春季賃上げに関する協定書により、「考課査定率は出勤率一〇パーセントおよび成績率二〇パーセントの計三〇パーセントとするが、そのうちの一五パーセントは保障する」旨定められて以来、その後の春季賃上げ、夏季、および、年末一時金交渉における団交の中で、または、協定書の中で右取扱いが確認されてきている。

(3)  昭和四一年の春季賃上げについて、同年六月二二日に原告病院と支部組合との間において、被告主張のような内容の協定(春季賃上げ協定)が成立し、協定書が作成され、原告病院は、右協定内容に基づき、第一組合員に対し、別紙(二)記載のとおりの賃上げ額による賃上げをなしたが、右第一組合員の考課査定については第一組合員の当直拒否等が非協力的態度として参酌された。

(4)  昭和四一年夏季一時金について、原告病院は、第二組合との間においては同年七月一三日被告主張のような内容の協定(夏季一時金協定)が成立したが、支部組合との間においては、同年六月二〇日同組合の要求書提出以来交渉を重ね、最終的には同年七月一三日原告病院が右夏季一時金協定の内容を提示し、支部組合がこれを拒否したため、協定成立には至らず、その後原告病院は、労組法一七条に基づき、右夏季一時金協定を支部組合に対して適用することとし、同年八月二三日支部組合に対して「今期賞与一時金に対する措置について」と題する文書を交付するとともに、同日付をもって、右協定内容に従って計算した金額を夏季一時金妥結額として支給する旨第一組合員全員に通知した。しかし、第一組合員が全員その受領を拒否したため、原告病院は別紙(二)記載の金額により一率に一、二〇〇円を留保した金員を名古屋法務局へ供託し、その後第一組合員が右供託金額プラス一、二〇〇円を受領した。

以上の事実はいずれも当事者間 に争いがない。

(二)  ≪証拠省略≫によれば、次の事実が認められ、以下の認定を左右するに足る証拠はない。

(1)  原告病院の考課査定における査定一〇項目は別表(一)記載のとおりであり、その査定の実態は、まず畑中管理部長が、考課査定の対象期間内における従業員個々の勤務状況について、医局長・看護長・薬局部長・給食部長・事務長等各所属長より、メモ的な書面、または、口頭による報告を受け、これに管理部長自身の見聞に基づき、右各査定項目毎に一点から一〇点の範囲内(従って合計一〇〇点満点となる。)で第一次査定をなし、これを院長に提出すると、院長は、右点数によって表わされた第一次査定を、各賃上げ、または、一時金に関する各協定に適用して査定金額を算出し、これに院長自身の見聞に基づく評定、ならびに、当該協定における考課配分の最高額(当該協定により賃上げまたは一時金の平均額が妥結すると、前記昭和三八年度の春季賃上げ協定、または、その後の確認された取扱いによる考課査定率のうちの保障率=勤務考課二〇パーセントのうち一〇パーセント、および、出勤考課一〇パーセントのうち五パーセント=から具体的な最低保障額が算出されるが、各協定において右保障額について更にできるだけ査定による増減の範囲を少くするため定められた考課配分の最高増減額。)を勘案し、かつ、一〇円未満の端数については切上げまたは切捨てるなどして調整し、これを第二次査定とし、これを理事会に提出し、その決定を経て、確定されるものである。そして右理事会は理事長と四名の理事で構成され、院長は理事を兼ねている。

(2)  本件昭和四一年春季賃上げについての考課対象期間は、昭和四〇年一月一日から同年一二月三一日までで、畑中管理部長は、昭和四一年三月頃各所属長から従業員の勤務状況につき事情を聴取するとともに自己の評定を加えて前記要領により点数による第一次査定をなしたが、そのうち第一組合員については別表(二)記載のとおりである。次いで、同年六月二二日前記のとおり春季賃上げ協定が成立し、かつ、これに付加された覚書において考課配分の最高額が六〇円と決定されたので、院長は、右第一次査定に基づき査定金額を算定し、同じく前記要領により、これを調整し、第二次査定額を算出し(うち第一組合については別表(三)記載のとおりである。)、これがそのまま理事会で決定された。右別表(三)記載の各査定の具体的算定の経過は前記原告病院の主張第二項(一)(イ)ないし(ル)記載のとおりである。なお、右別表(三)記載の新美ツタヱのE欄はマイナス六二・六二の誤算であるが、もしこれを誤算がないとすれば同人の査定決定額においてマイナスが増加することはあっても減少することはないのであるから、右誤算は同人の不利益にはなっていない。

(3)  本件夏季一時金についての考課対象期間は、昭和四〇年一一月二一日から昭和四一年五月二〇日までであって、畑中管理部長は、同年五月頃前同様に各所属長からの事情聴取をするとともに自己の評定を加えて第一次査定をなしたが、そのうち第一組合員については、別表(四)記載のとおりである。

原告病院は、前記のとおり昭和四一年七月一三日第二組合との間に本件夏季一時金協定を締結したが、支部組合との間においては、同年八月一三日まで五回にわたり団交を開いたにもかかわらず、協定を締結するに至らなかった。当時、原告病院の従業員中、第二組合員四八名に対して第一組合員は一四名であったので、原告病院は、前記のとおり、同年八月二三日労組法一七条に基づき支部組合に対しても右夏季一時金協定を適用することに決し、院長は、前同様に、第一次査定に基づき査定金額の算定ならびに調整をなし、第二次査定額を算出し(うち第一組合員については別表(五)記載のとおりであり、その具体的査定の経過は前記原告病院主張第二項(二)(イ)ないし(チ)記載のとおりである。なお別表(四)の佐藤節子の考課率および別表(五)の同人の本点得点はいずれも「66」とあるのは64の誤算であり、従って別表(五)の同人のD・E・I欄も誤算となるが、前記新美ツタヱの場合と同様の理由により右誤算は佐藤節子の不利益とはなっていない。また、別表(五)の河北敏枝のD欄は「五一・七九」とあるは「五一・九〇」の誤算でありE欄・I欄もそれぞれ「一・七六」少く記載されているが、前同様に同人の不利益とはなっていない。

ただ同表竹内博子のD欄は「五四・五一」とあるは「五四・三二」の誤算であり、従ってE欄・I欄がそれぞれ「二・六」多く記載されているが、単なる計算間違いによるもので金額も僅少であり不利益取扱いによるものとは認められない。)、これがそのまま理事会で決定されたので、右同日支部組合員に対し右夏季一時金協定を適用する旨、および、右第二次査定額の決定により算出された個々の従業員の夏季一時金額より税金引当分として一率一、二〇〇円を控除した金額を支給する旨通知した。しかし、第一組合員がこれを受領しなかったので、原告病院は同月二六日支給通知金額を名古屋法務局に供託した。

(4)  原告病院における考課査定は、前記のとおり昭和三七年四月以降の賃上げ、および、一時金の算定に採用され、昭和三九年度までは第一組合員の半数近くの者がプラスの査定を受け、その後昭和四〇年夏季一時金までは約三分の一の者がプラス査定を受けていたが、同年年末一時金に至ってプラスの査定は一人となり、本件昭和四一年春季賃上げ、および、夏季一時金について、遂に、第一組合員全員が平均額以下のマイナス査定を受け、かつ、右春季賃上げについては、結果的には被告主張(別添命令書理由第一、四(二)記載)のとおり勤務病棟毎に一率減額となっている。

(5)  原告病院における考課査定の観点とされたものは主として、①医師等上長の指示命令の徹底度、②本人の看護業務状況、③患者、または、従業員間の協調性、の三点であったが、具体的評定観察の内容となったのは、看護要員については、医師の意見、患者の訴え、患者の容態表の記載における観察度・記入回数等の記録状況、院長や管理部長等各評定者が、回診その他病院内を巡回した際における各従業員の勤務態度、出勤時間等であり、第一組合員については、その多くが容態表の記載を簡略に記入していたことや、主任看護婦については「看護者週間勤務予定(実施表)区分および配置」または月間予定表の提出をなさず、或いは提出が遅れたことが不利に評価され、また、後記当直勤務拒否行為や静注拒否行為が業務に対する非協力的態度として不利に評価された。

(三)  以上の事実によれば、原告病院における考課査定制度は、第二組合の結成時と同じく、昭和三七年四月より採用されたものではあるが、その査定の前提となる原資や、対象を所属組合にかかわりなく全従業員としていること、その考課に際しては、予め設定せられた項目につき数次にわたって多数の評定者による査定をなすなど、方法的・内容的にも極力客観性・公平性を保持できるよう配慮されていることが窺われ、制度自体として特に不合理な点は認められない。

四、次に、前記認定の考課内容について検討する。

(一)  被告は、原告病院が第一組合員の静注拒否行為を考課の対象としたことをもって第一組合員に対する不利益取扱いであると主張する。

第一組合員が、看護婦の静注は法律違反だとしてこれを拒否していること、および原告病院が、第一組合員の静注拒否行為に対して現在まで就業規則上の懲戒処分をしていないことは当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫によれば、看護婦の静注は、医療法上は疑義があるとされながらも、全国的な医師不足の現況から、公立・私立を問わず、殆んどの病院において、通常的な特に危険でない注射が行なわれており、監督官庁においても医師の監督指導下においてかつ、医師の責任において行なわれる限りやむを得ぬものと黙認の態度であること、および、昭和三八年に岩国市の病院において、医師の指示に基づく看護婦の静注の結果、患者がショック死し、当該看護婦が刑事責任を問われた事例が発生したこと、ならびに、精神病院における静注は、全身麻酔用のものが多いため、危険性が高く、原告病院においても、静注の途中で患者が暴れたため、注射針が血管に折れ込む等の事故が発生したところから、第一組合員は、昭和三八年以来静注一般についてこれを拒否してきたことがそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで、看護婦は主治の医師の指示する範囲においてその診療の補助者として、傷病者に対し、診療機械を使用し、医薬品を授与し、または医薬品について指示し、およびその他の医師の行なうことのできる行為をすることが許されているものと解されるから、医師は看護婦に対し静注を命ずることも必らずしも違法であるとはいい難いが、一方静注は他の皮下注射や筋肉注射に比して患者に対する生命・身体に及ぼす影響が大きく技術的にも困難であり、前記看護婦が適法に行なうことのできる診療補助行為のなかから、なお衛生上危害を生ずる虞のある行為は禁じられている趣旨から考えると、看護婦に静注を行なわせることは業務上の必要に基づく例外的な場合に限られ、一般的にこれを命じることは妥当ではないというべきである。従って第一組合員が静注についての担当医師の指示命令を拒否したとしても、その拒否理由が前記のとおりである本件においては、全く根拠のないものということもできず、形式上業務命令違反に該当するとはいえ、原告病院においてこれを考課配分の評価の対象となすことは妥当ではないというべきである。

しかしながら、前記認定のとおり、原告病院における考課査定は昭和三七年四月以来採用され、一方第一組合員の静注拒否も昭和三八年以来行なわれてきたものであるにもかかわらず、昭和四〇年夏季一時金についての査定までは、第一組合員のうちの約半数ないしは三分の一の者がプラスの考課査定を受けていたのであって、同年々末一時金についての査定に至って、はじめて一名を除いてことごとくマイナスの査定を受け、次いで、本件春季賃上げ、および、夏季一時金についての査定において全員マイナスの査定を受けるに至ったこと、および、後記認定のとおり、昭和四〇年六月一八日より当直制が実施され、第一組合員が当直拒否行為を行なうようになったことを併せ考えると、昭和四〇年々末一時金の査定以降第一組合員の殆んど全員がマイナスの査定を受けるに至った理由は、専ら当直拒否行為の評価にあったものと認められ、静注拒否行為は、従業員個々に対する他の評価対象事由とともに、殆んど影響のない程度に参酌されたにすぎないものと推認できるから、これをもって本件考課が第一組合員であるの故をもって不利益取扱いをなしたものということはできない。

(二)  次に被告は、本件春季賃上げにおける考課査定が病棟毎に一率になされたことから、原告病院の不利益取扱いを推認しているが、≪証拠省略≫によれば、右は一般に、病棟毎に看護要員の勤務態度がよくまとまって良好であったり、或いは不良であったりする傾向がある外、前記のとおり第一次査定における考課点一点の単価が一円余であり、これを最終的には一〇円未満の端数を切上げ或いは切捨て調整したため、わずかな考課査定の差が消滅したためであることが認められるから、右事実のみをもって不利益取扱いと見ることも困難である。

五、当直制の採用に伴う就業規則の改正と当直拒否について

(一)(1)  原告病院が、看護婦の不足と患者数の増加のため、従来の患者六名について看護婦一名という基準看護制を維持することが困難となり、愛知県から基準看護制を解くようにとの勧告を受けるに至ったので、看護婦の勤務を従来の三交替制から当直制に変更することによって事態の解決をはかろうと考え、主任会議において当直制の実施について趣旨説明を行なうとともに従業員の協力を要請した。

(2)  当直制の実施に伴ない、原告病院は、就業規則の就業時間についての規定を改正することとして、右改正につき両組合の意見を求めるとともにその協力を要請したところ、第二組合は賛成したが、第一組合はこれに反対したので、原告病院は、当時従業員の過半数を占めていた第二組合の賛成意見と、第一組合の反対意見を、意見書として添付し、労基法所定の届出手続を了した。

(3)  原告病院の当直制実施後、第二組合員は、原告病院と合意した労働条件に基づいて、就業規則で定められた当直勤務に従事しており、右当直勤務時間の実情は被告主張(別添命令書理由第一、二(五)記載)のとおりであり、一方、原告病院は第一組合員に対し、団交の席上においては口頭によって再三にわたり、また、昭和四一年三月八日付の「就業規則の一部変更実施に伴う協力方要望について」と題する文書によって、当直勤務につくよう要請したにもかかわらず、現在に至るも全員昼間勤務についているのみで当直勤務には従事していないが、右第一組合員の当直拒否行為について原告病院は就業規則上の懲戒処分はとっていない。

以上の各事実はいずれも当事者間に争いがない。

(二)  ≪証拠省略≫によれば、次の事実が認められ、以下の認定事実を左右するに足る証拠はない。

(1)  昭和三三年六月三〇日厚生省告示第一七八号によれば、加算料金を徴収できる基準看護制には一類から三類まであり、三類看護は、主として結核、または、精神病の患者を収容する病棟において看護を行なう看護要員の数は、入院患者の数が六またはその端数を増すごとに一以上であること、および、右により算出された看護要員の最少必要数の八割以上は有資格者であり、かつ、看護要員の最少必要数の半数以上は看護婦であることを要し、その承認基準として看護要員の勤務形態はなるべく三交替であることとされ、これが承認されると一日一四〇円の加算料金が認められる。

一方当直制になると、医療法・同法施行規則により看護要員の数は、入院患者の数が四またはその端数を増す毎に一、および外来患者の数が三〇またはその端数を増すごとに一を標準とするが、そのうち看護婦と準看護婦との割合についての規制はない。

(2)  原告病院は精神衛生法による指定病院であり、当初は当直制をとっていたが、精神衛生法二九条に基づく措置入院者がふえ、県の要請もあって、昭和三四年七月一日より第三類の基準看護制を採用し、日勤・準夜勤・深夜勤の三交替勤務を実施してきた。その後入院患者数の増加に伴い昭和四〇年三月には看護要員四三名に対し在床患者二六〇名となり、看護要員の人員が基準人員を割る結果となった。そこで、実情を県保健課に報告し、その行政指導を受け、労働基準監督署長の許可を得て就業規則の変更手続をなし、同年六月一八日より当直制を実施するに至った。

(3)  この間原告病院は、九回の理事会、五回の幹部会を開く外、主任会議を五回(うち一回は当直制実施後)、全員集会を二回開いて、基準看護制を維持できず当直制をとらざるを得なくなった経過を説明し、病院の収入は減少しても従業員の賃金は低下しないようにすること、再び基準看護制に復するよう看護要員の補充に鋭意努力することを約し、その協力を求めた。

右主任会議の構成および目的は被告主張(別添命令書理由第一、二(一)記載)のとおりである。

これに対して第二組合は、昭和四〇年六月一六日に可及的に人員を補充して基準看護制に復することを要望しつつ、看護要員不足の現状では暫定的に当直制に変更するも止むを得ないものとして了承する旨の意見書を提出したが、第一組合は、当直制への変更は労働条件の改悪であり、患者に対しても医療の低下となり、事故の多発を促すもので異議がある旨の意見書を提出した。

(4)  従来原告病院が採用してきた三交替制勤務、および、就業規則の改正により当初実施しようとした当直制勤務の各勤務時間は、いずれも被告主張(別添命令書理由第一、二、(三)記載)のとおりであり(但し三交替制勤務について男子病棟のみ看護婦二名と男子一名が勤務し、男子は午後一〇時以降は仮眠が認められる。)、当直制実施後の勤務時間の実情は前記のとおりであるが、その勤務内容は、三交替制においては、準夜勤・深夜勤とも日勤業務の継続であって、最低一時間に一回は病棟内巡視が義務づけられているのに対し、当直制においては、午後一〇時までは夜勤業務と同じであるが、一〇時以降午前六時半までは仮眠が認められ、その間二回の病棟内巡視が義務づけられているのみで、翌日は正午まで(昭和四七年からは午前一一時三〇分まで)の日勤で一日勤務として取扱な外、当直手当として昭和四一年春からは一回七〇〇円(昭和四三年春季賃上げからは一日八〇〇円)が支給されることとなっている。

(5)  近年看護婦の不足は全国的に慢性化しており、昭和四六年末頃における愛知県下の医療機関における看護婦の充足状況をみると医療法上の法定必要数一八、四四八名に対し現員は一五、二六〇名で充足率は八二・七パーセントにすぎない。また愛知県下の病院約二五〇のうち、一類ないし三類の基準看護を採用しているのは約四〇にすぎず、その余は看護要員不足のため当直制を実施している。

(6)  精神病院における治療方法としては、症病の治療から社会復帰を目標とするようになってきており生活療法、作業療法、レクレーション療法がそのために有効であるとして重視され、従ってそれは昼間に集中することになり、また薬物療法の進歩によって夜間における突発的な事故も従前に比べれば防ぎ易くなっている。

原告病院においては、昭和四〇年六月中旬から昭和四六年六月までの間に死亡事故五件を含む一〇件の事故が発生し、いずれも夜間または早朝における事故であったが、一般に精神病院においては、他の病院に比べて事故の発生率は高く、原告病院においても本件当直制勤務採用前にもほぼ同様の事故が発生しており、当直制勤務採用によって特に発生率が高くなった事実がない。

(7)  第一組合は、当直制の実施に反対するとともに、昭和四四年頃からは病棟毎に二人夜勤で翌日勤務なしのいわゆる「二人当直朝帰り」を主張してきたが、原告病院において現在当直勤務についているのは第二組合員のうち二五名にすぎず、右「二人当直朝帰り」を実施するためには、第一組合員の参加を考慮してもなお七名以上の看護要員が不足することになり、現実には三交替制勤務に復すると同様に不可能である。

(三)  前記争いのない事実、および、前記認定の事実を総合すると、原告病院が従来の三交替制勤務による基準看護を廃止したことは、その経緯に照らして首肯でき、仮に本件当直制勤務への変更が医療の低下を来たすものであったとしても、すでに三交替制勤務を維持できない以上はこれに代るものとして当直制勤務の採用は必然的なものというべきである。また、本件当直制勤務の採用に伴う勤務内容の変化も、必らずしも労働条件の悪化とはいえず、労働時間の延長は否めないとしても、これに対する反対給付の存在と前記本件当直制勤務採用の高度の必要性からみて、未だ不合理なものとはいえない。その他、運用の実情においても当直制勤務の採用を不合理ならしめる事由の存在についてはこれを認めるに足りる証拠はない。従って、前記認定の事情の下において当直制勤務の採用は、制約された看護要員によって最大の治療効果をあげるために合理性を有するものであり、右当直制勤務の採用に伴う就業規則の改正は合理性があるというべきである。

(四)  被告は使用者が一方的に就業規則を変更したとしても、それをもってこれに同意しない労働者の個々の労働契約の内容が直ちに就業規則の改正どおりに変更されるものではないから、本件当直制の採用に伴う就業規則の変更に同意しなかった第一組合員に対しては、改訂した就業規則に基づく業務命令により当直勤務を命ずることはできないと主張する。

一般に就業規則は、多数の労働者を使用する近代企業において、その事業を合理的に運営するため、多数の労働契約関係を集合的・統一的に処理する必要があるところから、労働条件についても、統一的かつ画一的に決定するため、個別的労働契約における労働条件の基準として、使用者が定めたものであり、労働者は、経営主体が定める契約内容の定型に従って、附従的に契約を締結せざるを得ない立場に立たされているのが実情であって、右労働条件の定型である就業規則は、一種の社会的規範としての性質を有するだけでなく、それが合理的な労働条件を定めているものである限り、経営主体と労働者との間の労働条件はその就業規則によるという事実たる慣習が成立しているものとして、その法的規範性が認められるに至っているということができる。従って、当該事業場の労働者は、就業規則の存在、および、内容の知悉の有無、またはこれに対する個別的同意の有無にかかわらず、当然にその適用を受けるものというべきである。

また、就業規則は経営主体が一方的に作成し、かつこれを変更することができるとはいえ、新たな就業規則の作成又は変更によって、既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として、許されないと解すべきであるが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者においてこれに同意しないことを理由とし、その適用を拒否することは許されず、これに対する不服は団体交渉等の正当な手続による改善にまつのほかはないというべきである(昭和四三年一二月二五日最高裁判所判決参照)。

しかして、前説示のように、当直制採用に伴う就業規則の改正は合理性があるのであるから、第一組合員がこれに同意しなかったとしても、同人らに対しても当然に適用されるものであることはいうまでもないことである。

(五)  被告は、原告病院は、第一組合員に対して当直勤務を命じたことはない旨主張するが、前記争いのない事実によれば、原告病院は団交の席上口頭により、或いは、文書により当直勤務につくよう要請していたものであり、これに対して第一組合員は、前記「二人当直朝帰り」等を主張し現状のままでの当直勤務に従事することを明示的に拒否し続けていたのであり、もしも第一組合員が右当直勤務に従事する旨の意思表明がなされた場合、原告病院としては直ちに当直勤務につくことを命じたであろうことは推認するに難くない。原告病院が第一組合員のかかる意思表明を期待し、或いは、当直拒否の態度を明らかにしている段階において無用な混乱を避けるために、第一組合員個々に対し具体的な当直勤務命令を発しなかったことは妥当であり、責めらるべき筋合ではない。従って、当直拒否の態度を明らかに維持している第一組合員を業務に対する非協力的態度を有するものと評価し、それを考課の対象とすることは合理的理由があるというべきである。

(六)  被告は、第一組合員の当直拒否行為は全組合的な統一的な意思決定に基づいて行なわれたもので正当な組合活動であると主張するが、前記認定のとおり改正後の就業規則は第一組合員にも適用され、原告病院は第一組合員に対して適法に当直勤務を命じ得るのであるから、第一組合員の当直拒否行為が正当な組合活動であるか否か、或いは、争議行為に該当するか否かを論ずるまでもなく、右行為の一面において原告病院の業務に対する非協力的態度を有するものと評価することは何ら差支えないものというべきである。

六、以上認定説示のとおりであるから、結局原告病院の本件昭和四一年春季賃上げ、および、夏季一時金の考課配分は妥当であり、これを不当労働行為にあたると認定して妥結平均額との差額の支払を命じた本件命令はその認定を誤った違法があるのでこれを取消すこととし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九四条により、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小沢博 裁判官 淵上勤 植村立郎)

〈以下省略〉

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